ジャズドラマー「アートブレイキー-Art Blakey」を考察

ドラムな音楽な人生~

artblakey

 

本日はジャズドラマーの中でも大御所中の大御所である

「アートブレイキー-Art Blakey」についてちょっぴり考察します。

 

アートブレイキーといえば自身のバンドである、

「ジャズメッセンジャーズ」が有名であり、

私が初めてジャズというものを知るきっかけとなった曲も、

ジャズメッセンジャーズの「モーニン-Moanin」という曲です。

 

「モーニン」という名前は知らなくとも曲自体は、

誰でも一度は聴いたことがあるのではないかというくらい、

TVなどでも使われているチョー有名な曲です♪

 

「モーニン」です↓↓

 

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アートブレイキーとはどんな人物?

アートブレイキーは、アメリカ合衆国ペンシルべニア州ピッツバーグ出身。

1919年10月11日生まれ、1990年10月16日(満71歳没)。

 

アートブレイキーは10代後半から音楽活動をはじめ、

当初はピアニストとしてクラブで演奏をしていたらしいのですが、

アートブレイキーよりも上手なピアニストが現れ強制的?に断念し、

そしてひょんなことからドラマーに転身します。

でも当然ドラムは素人のため下手くそだったわけですが、

ジャズトランぺッターのディジーガレスピーからアドバイスを受け、

メキメキと頭角を現していったようです。

 

1940年代後半ドラマーとして本格的な活動をはじめ、

マイルスデイヴィス、セロ二アスモンク、チャーリーパーカーなどと共演、

1954年に自身のバンド「ジャズメッセンジャーズ」を結成し、

ジャズクラブ「バードランド」で一躍人気が出ました。

しかしその後メンバーの脱退や逮捕などで、

ジャズメッセンジャーズは一時期停滞していきますが、

新しい仲間との出会いもありバンドを立て直すことに成功。

 

そして先ほど紹介した「モーニン」をはじめ「ブルースマーチ」や、

ウェインショーターがリメイクした「チュニジアの夜」など

数々の名曲を残しています。

 

ジャズメッセンジャーズ出身のミュージシャン

アートブレイキーは多くの才能あるミュージシャンを発掘したことでも有名で、

ジャズメッセンジャーズ出身者はその後、著名となったミュージシャンが多いのです。

50年代後半ではリー・モーガン、ボビー・ティモンズ、

ウェイン・ショーター等が在籍しており、

60年代ではフレディ・ハバード、キース・ジャレット、チャック・マンジョーネ、

シダー・ウォルトン、レジー・ワークマンなどが在籍し、

のちにジャズ界を代表する著名なミュージシャンとなっています。

 

アートブレイキーの魅力!

アートブレイキーのドラミングを代表するものとして有名なのは、

「ナイアガラロール」と呼ばれるものです。

その名の通り「ナイアガラの滝」をイメージするような、すさまじく豪快なロールは、

ドラマーだけではなく多くの人を魅了します。

 

また煽るような豪快さとは別に、アートブレイキーのドラムは繊細でもあり、

滑らかなシンバルレガートが奏でる美しい音色や、寄り添うような優しいブラシなど、

非常にメリハリがあるドラムのプレイスタイルです。

 

さらにアフロキューバンリズムをドラムセットで表現した、

先駆者ともいえるチョー偉大なドラマーなんです♪

 

でもなんといっても凄いなぁと思うのは、たまたま転身したドラムで、

一躍偉大なるドラマーになったんですから、

才能はもちろんあったのかもしれませんが、

すげー努力したんだなぁと感服いたしました(^^;)

 

アートブレイキー「チュニジアの夜」↓↓

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