見えないけど見える位置づけ。

雑記

先日23日、無事に娘の生活発表会が行われました。

コロナ対策として各組事での発表会で、さらに片親のみの観覧だったので、

閑散とした感じではありましたが逆に少ないことで、ビデオをもゆっくりと撮影できたし、

人混みが苦手な私にとっては、アリな発表会でございました(^^;)

 

劇の内容はグリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」。

娘はグレーテル役をやったのですが、今の教育って主役を一人にはしませんから、

ヘンゼルもグレーテルも4人ずつ、木こりのお父さんも4人、魔女も4人、小鳥も4人?(4羽)

いじわるお母さんも4人と、とてもスケールのデカい劇でございました(笑)

 

緊張したという娘も、とびきり大きな声で時々カメラ目線になりつつも、

一生懸命に演劇をやっており、親としては感無量でございました。

幼稚園の先生方、大変な中での開催をどうもありがとうございましたm(__)m

 

最近、あちらこちらでクラスター感染が多発しておりますが、

クラスターの定義って5人以上の集まりらしいのです。

という事はうちは5人家族なので全員が感染したとなると、クラスター認定されるわけですね。

まぁなんのこっちゃ?なのですが、ちょっと気になったので(笑)

 

どうも音楽や芸術面の社会的位置づけは、感染拡大における不要・不急扱いなイメージなので、

やりずらいというか、もどかしいというか、悲しいというか、虚しいというか・・・。

仕事としている以上、働いている方たちと立場は同じなのですけどねぇ。

どうも見えないけど見える位置づけってのがあるようですね。日本には。

 

さてと午後も頑張ります。

 

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